楡野鈴愛・吉岡せい・広岡浅子・大橋鎮子・坂野惇子

楡野鈴愛

半分青い。は、北川悦吏子さんのオリジナルです。舞台は岐阜県。中京の訛がいいですね。もう8週に入りましたので、舞台の多くは東京に移っています。でも、漫画家の秋風羽織くんは、岐阜が気に入っている様子。主人公の楡野鈴愛は、片耳が聞こえないけど、とっても明るい女の子。何にでもチャレンジし、高度成長期の終わりから今までを駆け抜けるストーリー。マグマ大使の笛がでてきたり、バブル時代が出てきたり、懐かしい限り。楡野鈴愛が生まれたのが、大阪万博の次の年、1971年に岐阜県の東美濃市梟町で生まれました。同日には近所の写真屋の息子、律くんが生まれます。物語はそこから始まります。楡野鈴愛役の矢崎由紗ちゃん、がとっても可愛く演じました。そして大きくなったら今をときめく永野芽郁ちゃんが、失敗にめげないやってまったが口癖の明るい女の子を演じています。

吉岡せい

吉岡せいさんは、お父さんが兵庫県明石市の出身で林さんと言いました。大阪に出てきて、お米屋さんをはじめました。1889年・明治22年12月に生まれました。ただし、当時の戸籍には出生地がないので、明石で生まれたのか、大阪で生まれたのかは謎です。12人兄妹の大家族で、明治32年に生まれた三男の正之助と、明治40年生まれの四男、勝はせいについて、吉本興業を支え続けました。

せいは、学校卒業後、船場に奉公に出され、厳しく躾けられました。無駄なお金は使わないというマインドはここで、しっかり身につきました。吉本姓は、最初の結婚から。

最初の結婚では、嫁ぎ先では商売がうまくいっていません。債権者に追い回されたり、姑から受ける嫁いびりは、珍しくなかった。ただし、旦那は芸事に関心があって、剣舞の芸を見せたくって地方巡業にもでたことのある道楽者の旦那。それを支える健気な妻。うーん、大阪、なにわらしいね。

あんた遊びなはれ。だから、興業に出る素地は夫婦にはあったのです。本業が傾いていく中で、天満の天神さんの裏にあった第二文芸館の寄席を買収、その場を花月と命名し、どんどん広げていきます。

花月と言えば、なんば花月は有名ですね。毎日吉本のお笑いが見れます。吉本は、桂春団治を呼び、万歳を漫才に変え、エンタツ・アチャコを育てました。1924年には旦那と死別、しかし、1938年には通天閣のオーナーになります。旦那と死別しても、なかなかのご発展です。

事実は小説より奇なり。なかなかおもしろそうなドラマになりそうです。

坂野惇子

べっぴんさんのモデルとなるのは、高級子供服創業者の坂野惇子さん。白くまの子供のキャラクターで有名、皇室御用達の子供服のファミリアでもあります。百貨店に多数出店し、最初は神戸で創業ですが、今では自由が丘にファミリアベビーカヴィをオープンしています。

坂野惇子さんは、旧姓佐々木さん、神戸で生まれました。父佐々木八十八さんは、後のレナウンの創業者です。やっぱり血は争えないというか、アパレルの一族なんですかね~。

さて昔の日本製の子供服ってとっても粗悪品が多かったんですって。でも、坂野惇子さんの創ったファミリアは良質な素材でしっかりと子供服を作っていたので、皇室御用達(こうしつごようたし)ブランドになりましたよ。

佐々木家の三女でこの世に生まれた惇子は、甲南女子大に通います。うーん、ブルジョアジーですねえ。旦那の坂野通夫とは六甲山でのスキー場で知り合ったというから(しかも、昭和10年に!)、ますますお嬢様!きっかけは惇子のリュックの紐。ほどけていた紐を旦那が結んだのが縁。

で、通夫は京大⇒船舶の大手商船三井に入社、結婚し神戸市岡本に家を持ちます。それから戦争が始まり、村井ミヨ子とも知り合い、子育てに外国人専門のベビーナースを雇い、舶来の育児法を学び、ファミリアの土台が出来ました。

ファミリアを創業して以後阪急百貨店などに出店し、その後大活躍です。その坂野さんをモデルにした朝ドラが「べっぴんさん」の主人公になります。楽しみですね。

大橋鎮子

父日本製麻、母女子美術学校出の母の間に長女として東京で生まれました。1歳で父が転勤し北海道に。父が結核にかかり帰京し静養。父は鎮子が小五の時に死亡。その時鎮子11歳で喪主。早くもとと姉ちゃんです。でも、浜松とは関係なかったのですね。

女学校は現在の都立三田高校卒業し、日本興業銀行入社、3年で退校、その後日本女子大学に入学。あさが作った大学ですね。不思議な縁ですね。でも1年でととと同じ肺結核にかかり学校を辞めます。

大学を中退し静養、その後日本読書新聞に入社。新聞社で花森安治と出会い、戦後衣装研究所を設立。この時三姉妹も一緒。雑誌「スタイルブック」「美しい暮らしの手帖」を創刊。現在の「暮しの手帖」。

会社名も暮しの手帖社に変更。という大活躍の人生でした。3年前の93歳で逝去されました。

 

広岡浅子

あさは広岡浅子さんがモデル。実在の人物です。加野屋は、加島屋でした。あさの実家の今井家は、三井家でした。はつの嫁ぎ先の山王寺屋は天王寺屋でした。

連想ゲームみたい♪あさの旦那の新次郎さんは、信五郎さん。尼崎貿易の社長だったそうですね。あ、今でもあります。ユニチカです。だから、凡人ではなかったのです。

あさはのちに私学の女子大を東京に作ります。日本女子大学です。あの「ポン女」の創始者です。そして、生命保険会社も作ります。大阪の大同生命です。今は太陽生命と組んで、T&Dホールディングスになって安定していますね。税理士マーケットの開拓がお得意の会社です。今は、税理士自ら代理店を開業できるのでどうなのでしょうか?

他に五代友厚、大久保利通など実在の人物がなぜか実名で出てます。大隈重信も。。

 

PCMAX 無料登録

サブコンテンツ

このページの先頭へ