広岡浅子・大橋鎮子

大橋鎮子

父日本製麻、母女子美術学校出の母の間に長女として東京で生まれました。1歳で父が転勤し北海道に。父が結核にかかり帰京し静養。父は鎮子が小五の時に死亡。その時鎮子11歳で喪主。早くもとと姉ちゃんです。でも、浜松とは関係なかったのですね。

女学校は現在の都立三田高校卒業し、日本興業銀行入社、3年で退校、その後日本女子大学に入学。あさが作った大学ですね。不思議な縁ですね。でも1年でととと同じ肺結核にかかり学校を辞めます。

大学を中退し静養、その後日本読書新聞に入社。新聞社で花森安治と出会い、戦後衣装研究所を設立。この時三姉妹も一緒。雑誌「スタイルブック」「美しい暮らしの手帖」を創刊。現在の「暮しの手帖」。

会社名も暮しの手帖社に変更。という大活躍の人生でした。3年前の93歳で逝去されました。

 

広岡浅子

あさは広岡浅子さんがモデル。実在の人物です。加野屋は、加島屋でした。あさの実家の今井家は、三井家でした。はつの嫁ぎ先の山王寺屋は天王寺屋でした。

連想ゲームみたい♪あさの旦那の新次郎さんは、信五郎さん。尼崎貿易の社長だったそうですね。あ、今でもあります。ユニチカです。だから、凡人ではなかったのです。

あさはのちに私学の女子大を東京に作ります。日本女子大学です。あの「ポン女」の創始者です。そして、生命保険会社も作ります。大阪の大同生命です。今は太陽生命と組んで、T&Dホールディングスになって安定していますね。税理士マーケットの開拓がお得意の会社です。今は、税理士自ら代理店を開業できるのでどうなのでしょうか?

他に五代友厚、大久保利通など実在の人物がなぜか実名で出てます。大隈重信も。。

 

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